ショートストーリー その27「お手」
2014/01/09(木)
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少しリアリティのある話を書いてみますね。

新年の空は澄み渡り、その空気を胸一杯に吸い込んだとき、ようやく去年の膿が吐き出された気がした。この国に生まれたこと、平和な時代に生まれたことを感謝する気持ちを胸に、初出勤の途中に小さな神社に初詣をする。神様と仏様の区別すらしていないのに、正月は神社と決まっている。
大小の絵馬に書かれた祈願を読むと、大学受験や恋愛成就の希望を持った若者を励ましたい気持ちになった。
会社では、もう少し年をとった若手社員達に囲まれる。「夢も希望もない」と言っている割には、いつも夢と希望を抱えて走り回っている営業さん達。
「家族と一緒だと疲れる」と言っているパパさん達。
「今年こそ結婚しようね」と言ってる私たち。
ひとしきり新年の挨拶を済ませる頃には、オフィスにはアチコチのお土産が並んでいる。
温泉まんじゅう 、クッキー、お煎餅。包装紙に包まれたままで、誰も開けようとしない。
それではお土産を買ってきてくれた方に悪いから、箱を開けて配ることにした。
役職者の方から配るのが礼儀とは知っていても、すぐに出かけてしまう営業の方から先に配ることにした。
営業部の若い社員に温泉まんじゅうを渡そうとしたとき、ふと忘年会での出来事を思い出した。

「僕ってエムなんですよね〜」
営業部のY君は、ワガママで理不尽なお客様を得意としている。
見積書を提出するだけでも、FAXで送り、スキャンしてメール添付で送り、原本を速達で送らされていることもある。アイドルのカレンダーが欲しいと言われ、わざわざ書店に出かけ自費で買って、年末の挨拶訪問していたこともある。
仕事納めの後、社内に残った男女6人で忘年会をすることになった。急に決まった忘年会だったので、予約を取っているはずもなく、美味しいとは言えないチェーン店で楽しむことになった。
残念なことに周りのお客様がうるさすぎて、6人席 の隅に座った私からは全員の声は聞こえなかった。
普段あまり話をする機会がなかったこともあって、向かい側に座ったY君と2人だけで愚痴話をすることになった。
あのお客様はヒドイよね、って慰めたときに、彼が言った言葉。
「僕ってエムなんですよね〜」
普通なら聞き流されたりする言葉だけど、私は流さなかった。
「へえ。そうなんだ。」と言いながら、好奇の目で見つめた。
彼の割り箸を勝手に使い、若鶏の唐揚をつまんだ。
「はい、あーんして。」
酔っ払った女性の先輩って面倒だなっていうような表情を一瞬だけみせて、すぐに笑顔に戻った。
Y君の口が大きく開き、唐揚を口にしようとした瞬間、私はお箸を手前に引いた。
「オアズケだよ〜。」
少しだけ恥ずかしそうな表情を見せているY君の前に左手の掌を開いて見せた。
「はい、お手。」
その後は他の4人も混ざって、何回も何回も「お手」をした。
私に「お手」をさせる人もいて、たいした意味のない行為に忘年会は盛り上がっていった。

温泉まんじゅうをY君に渡そうとすると、彼は手を出して受け取ろうとした。
私は満面の笑みを浮かべながら大きめの声で言った。
「お手」
「忘年会だけだと思ってました・・・」
と小さな声で呟きながら、お手をした。
それがキッカケになって、他の男性社員にも「お手」をしながらお土産を配った。
私が他の社員に「お手」といって笑ってると、Y君が寂しそうな目で見つめていた。

〜後記〜
こんなマッタリした内容だと、物足りないでしょ?
そうでもないかな、校正奴隷のM君にとっては。
「超うらやましい」って言ってくれたから、「お手」の起源を書いてあげたんですよ。
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