小説 「嵐の夜に」 その2
2007/06/18(月)
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小説連載は、自己満足のためなんです。 M系男子の皆さんは、こんな記事では満足できないかもしれないですね。
いっそのこと、熟成していたら、どうでしょう?素敵なフィナーレをお約束します

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・・・ こんなはずじゃ、なかった。
テッチャンのメールアドレスは、 私と一緒に考えて決めた。 高校二年の頃、予備校に通い始めたふたり。それぞれの親に携帯電話を持たされたときのこと。
私のアドレスだって、ふたりで決めた。 だから、お互いのアドレスは、大切な思い出だった。
今日は、もう、テッチャンのことを忘れようと決めた。
・・・ 泳ぎにでも行きたいな。
テニスは独りではできない。 受験勉強中の運動不足とストレスの解消のために、毎週欠かさずスイミングに通った。 3歳から習っていたから、市民プールでは私より速く泳ぐ人は少なかった。 大人の男性を軽く追い抜くことが、私のストレス解消だったのかもしれない。
勉強も、これくらい簡単に、ライバル達を追い抜ければいいのに。 そんなことばかり考えて泳いでいたような気がする。
このあたりにプールがあるか調べていなかった。 インターネットで調べたくても、引っ越してきてからネットワーク接続をしてなかった。
結局、昼過ぎまで片付け。 高校生最後の一日にしては、寂しすぎる。
携帯電話が鳴った。 テッチャンの番号だった。 思い出のアドレスを変えちゃったテッチャンとなんて、話をしたくない。 携帯が鳴り続けている間は、私に「選ぶ権利」があるんだから。 テッチャ ンと話をしたくないって、私が選んだ。 私が決めた。 そして着メロが鳴り止んだ。
・・・ いつも強情を張って、あとで後悔するんだ、、、
静かになった携帯電話を握り締めて、テッチャンに掛けなおす。 ちょっとだけ素直になれた瞬間に、掛けなおした。 ちょっとでも時間を置くと、きっと、掛けづらくなるから。
でも、すぐにつながるはずのコールは、留守番電話につながった。
「電話待ってます。」
一言だけのメッセージを残した。 きっと、暗い声のメッセージ。
・・・ こういうときは、明るい声で喋ったほうがいいんだよね。
分かってた。 でも、分かってることと、できることとは全く違う。 分かってることが全部できたら、テッチャンの彼女になれてると思うし。 それに、今、こんなに寂しい思いなんてしていなかったと思う。
テッチャンのいいところは、そんな私の気持ちが分かること。 他の女の子の気持ちなんて、きっと分からない不器用な男だけど、私の気持ちだけは、ちゃんと理解してくれる。
・・・ 都合の良い勘違いだよね。
昨日から独りでいたから、寂しいモードに入っちゃった。 携帯電話をベッドに投げた。 私から電話をしても、留守番電話だったら寂しさが募る。
携帯電話の液晶が明るくなった。 着メロが鳴り出すより先に光る携帯電話。 その携帯を、すばやく握り締め、すぐに電話にでた。
「お。 つながった。」
テッチャンの声がした。
「うん。」
なぜか泣きそうだった。 メールが届かなかったとき、もう二度とテッチャンと話ができないと思ったから。
泣きそうな声で、「うん。」しか言えなかった。 こんなことは、二度目だった。
一度目は、ちょうど一年前のこと。
テッチャンに買ってもらった可愛いワンピースを着てデートに行く約束だったのに、いつものようなスポーティな服装で待ち合わせ場所に行ったとき、それが一度目。
「なんだよ。 なんなんだよ。 さっちゃんはさ、、、。」
って言いかけて、途中で黙って、そして帰っていったテッチャン。 追いかけなかった私。
その後は、携帯に電話しても繋がらなかった。 なんど電話しても繋がらなくて、テッチャンの家まで行った夜。 一滴の涙も流さなかったけど、寂しさで心が震えていた。
家の前まで着いて、インターホンで呼び出そうと思ったときに掛かってきた電話。 テッチャンは、「もう、いいんだ。」って言ってた。 「それとも、俺の言うこと、ちゃんと聞く?」って聞かれた。
「うん。」
泣きそうな声で、涙をこらえてた。
「じゃあ、明日、同じ時間に同じ場所で。」
それだけで切られた。 でも、とりあえず明日には会えるって思えただけで震えは止まった。
高校2年生から3年生になる春休みに、初めてワンピースを着た。 胸元のレースと、短いスカート。 鏡に映る自分を呆然と見つめた試着室。 テッチャンが恥ずかしそうに店の中で待っていた。
「着替え終わったら、ちょっと見せてよ。」って言ってたけど、恥ずかしくて見せられなかった。 店員さんに見てもらって、一つ小さいサイズも試着した。 店員さんが勧めたのは、小さいほう。 でも、ぴったりすぎて、かなり恥ずかしかった。
「彼氏でしょ? こっちのほうが、絶対に喜ぶと思うよ。」
って店員さんに言われて、そちらを選んだ。
・・・ テッチャンも喜んでくれるかな。 似合ってないかもしれないけど、大丈夫かな。
デートの前に、その服を着ようと思ったときに頭に浮かんだのは、店員さんの言葉。 彼氏を喜ばす服装なんだって思ったら、恥ずかしいのか悔しいのか分からないけど、着ることができなかった。 結局、次の日も、ワンピースを着ることはできなかった。
結局、ワンピースを買ってくれたテッチャンには、一度も見せていなかった。 試着室と、私の部屋と、二回だけしか着ていない服。 私以外には、あの店員さんしか見たことがない。
もったいないって思うのは、ママからの遺伝。 でも、ちゃんと独り暮らしの部屋にも持ってきていた。 それもママからの遺伝なのかもしれない。
「うん。」って泣きそうな返事で、一年前のことを思い出したのは、私だけじゃなかった。
テッチャンも、思い出していた。 それは当たり前。 だって、その日のデートが、ふたりにとって最後のデートだったから。 一年前の3月31日。 それから一年間、テッチャンとわたしは、ただの幼馴染に戻っていた。
「引っ越し終わったんだけど、寂しくって・・・」
寂しいなんて言ったら、私の負け。 でも、負けでも構わなかった。
「何? デートのお誘い? 俺だって、東京出てきたばっかりで、詳しくないけど、いいの?」
いいよ。 もちろんだよ。 一緒に探検しようよ。 って言いたかった。
「デートなんかじゃないよ。 ただの買い物だってば。」
この言葉で、いつもダメになる。 私もテッチャンも、よく分かってる。 私の言葉が、全てを壊してるって。
「そうか。 じゃあ、、、、」
・・・ あ。 そうじゃないよ。 いつものパターンは嫌だ。
「、、、俺から誘うよ。」
テッチャンの意外な言葉。 優しい大人を演じているようで、嬉しかった。
「うん。」
泣きそうになりながら、「うん。」って返事をした。 人生で三度目だった。
「あのさ、、、あのときの服、、持ってきてるか?」
聞きづらそうなのかな。 小さな声。 自信のない声。
テッチャンの出した条件は、あのワンピースを着てくること。
高校生最後の一日。 可愛いワンピースを着て、テッチャンと東京でデート。
一年間掛けて、私の逃げ道を奪ったテッチャン。 逃げ道がなくならないと、この服を着ることすらできなかった私。 ふたりにとって、この一年間は必要だったのかもしれない。
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