小説「社長秘書」 その1
2013/05/22(水)
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久しぶりのフィクション小説です。
射精管理中の読者は、悶々としながら読んで下さいね。

突然の辞令。
それは、子会社への出向だった。
出向先は、名前を聞いたことがあるだけで業務内容すら知らない子会社。
立派な自社ビルで働いていたのは昨日まで。今日からは天井の低いオフィス。
重役秘書から、子会社のダメ社長の秘書への異動。
きっと社長秘書という名の雑用係だと思う。
前任者から、そう聞かされた。
若くて可愛い前任者の子は、雑用係から解放される喜びを滲ませていた。
出勤二日目。
昨日は会えなかった社長が昼前になって「ご出勤」された。
創業者三代目の末っ子。
彼が「四代目」になる可能性がないことは、誰でもなんとなく感じてしまう。
創業者一族であることだけが唯一の希望。
学生のままのような顔立ちが、社員に大きな不安を与えている。
そ れもそのはず。まだ30歳になったばかりの若者で、去年までアメリカの大学院に在籍していて、中退して帰国と噂されている。
もうダメかな。
他の社員と同じように顔つきが暗くなった気がした。
社長から仕事についての説明を受けた。
スケジュール調整、飛行機やホテルの予約、お茶くみ・・・
やっぱり雑用なんだ・・・
昨日の引継で前任者から聞いていたことを、今日は社長から同じ説明を受けた。
目の前が少し暗くなっていく。

翌朝、珍しく遅刻してしまった。
通勤時間が短くなって油断しただけが理由じゃなかった。
新しい仕事にやる気が持てないことが大きな理由。
身支度も雑になってる。
まだ三日目。
これじゃあ、本当にダメになるかも。
「靴くらいキレイにしておかないと。」
午後出勤の社長から、出勤早々に注意を受けた。
社長とは言っても、年下の男性から身なりについて注意され、少し狼狽してしまった。
でも悪いのは確かに私かもしれない。
先日 の雨で汚れたパンプスを、そのまま履いてきていたのだから。
「靴磨きの道具があるから、貸してあげようか?」
そう言って、いったん社長室に入ってから、救急箱のような箱を持って出てきた。
男性が革靴を磨くようには、女性は靴を磨かない。
だから、箱の中の道具を見ても、どうやって使ったらいいのか分からない。
マニキュアで飾った爪が真っ黒なクリームで汚れたら・・・
「どうしたの? 磨き方、分からない?」
年下の男性らしくない言葉遣いへのイライラ。
納得できない異動へのイライラ。
遅刻してしまった自分へのイライラ。
自分でもコントロールできないまま、急に不機嫌になっていく。
顔だけは笑顔を保っているけど、言葉を発すれば、きっと角が立つ。
今は、何も言わないほうが・・・
「では、社長に磨いて頂きたいです。」

たった一週間後には、社長と私の関係は大きく変化していた。
ねえ 、社長。
ふたりだけのときは、ケンスケって呼びますよ。
いいですよね?
クスクス
今日もパンプスを磨かせてあげるね。
でも、パンプスは脱がないよ。
私が履いたままのパンプスを磨かせてあげる。
嬉しいでしょ?
でもね、ケンスケは私に指一本触れちゃダメ。
触れてもいいのはパンプスだけ。
跪いて靴を磨いているときは、膝から上を見ちゃダメだよ。
だって、スカートの中が見えちゃうでしょ?
ケンスケは、黙って跪くと、丁寧にパンプスを磨き始めた。
私はその耳元で、さっきよりも小さな声で、意地悪な声で、囁きつづけた。
指一本触れちゃダメだけど、この光景を目と脳に焼き付けていいよ。
夜、独りで思い出して、いけないことしてもいいよ。
ケンスケは、両目にうっすらと涙を浮かべたまま小さく震えている。
独りで思い出して、いけないことしちゃったら、またこうやって磨かせてあげる。
だから、しちゃったら、ちゃんと教えてね。
小さい声で返事をするケンスケの頭を、両手で優しく抱きしめてあげた。

短編がいいですか?長編がいいですか?
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