ねえ、君も・・・ その1
2013/09/12(木)
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フィクション小説です。

「ねえ、君もオブジェになってみる?」
週末で賑わうBarの片隅で、唐突に切り出してみた。
相手は、ブログがキッカケで知り合って、飲み友達になった達彦。
私のブログを毎日欠かさずに読んでいるだけあって、オブジェという言葉に敏感に反応する。
「そうやって僕をからかうのは・・・」
少し困惑した表情を浮かべる彼。 自信たっぷりに微笑む私。
お酒に弱い彼が、ジョッキに半分くらい残っていたビールを一気に飲み込む。
「だから、僕をからかっても・・・」
私は、微笑んだまま1ミリも動かない。
彼が誤魔化そうとしている限り、私は反応しないと決めたから。
「どうしたらいいのかな・・・」
困っている言葉とは裏腹に、彼の心に徐々に何かが蠢き始める。
その「何か」が何なのか、ふたりとも分かっている。
でも達彦は口にすることを恐れている。
「今の関係で満足してるから・・・」
そう。
男と女の関係でもないし、SとMの関係でもない。
たまに会ってお酒を飲んで、ブログの話をするだけで達彦は満足している。
ここから一歩でも動けば、今の関係は一瞬で消えてしまう。
沈黙が、彼をなおさら困らせている。
周囲が静かになった瞬間を選んで、私が沈黙を破る。
もちろん、救いの手を差し伸べるはずもなく・・・
「このままの関係だったら、私は飽きちゃうと思ったから提案したんだけど?」
そして沈黙する。
私は沈黙を破らない。
二度目の沈黙を破るのは、達彦の役割だから。
「・・・」
口は動いている。でも言葉が出てこない。
額に汗が滲んでる。
ハンカチを取り出して額を拭うのかと思えば、そうではなく手の平の汗を拭いている。
鼻の頭にも、じっとりとした汗が滲んでいる。
決心を固めようとする心と、何かに怯えている心。
撒かれた餌に近づいても大丈夫なのか分からず、遠巻きに悩んでいる野良猫みたい。
ハンドバッグからお財布を取り出し、千円札を3枚、テーブルに置く。
そしてお財布をしまい、腕時計に視線を落とす。
沈黙のままなら帰っちゃうよ。
そういうシグナルを送る。彼と目を合わせないようにしながら。
「あの・・・あの・・・」
小さな 声。
聞こえないふりをして、立ち上がる。
ぐるりと周囲を見渡して、Barの出口の方向を確認した。
Yシャツが汗で滲んで、色が変わっている。
「オブ・・・オブジェ・・・」
オブジェになってみるかと聞いてから、まだ5分も経っていない。
他愛もない話を笑って聞いていたときとは別人のような顔つき。
彼の心の中で蠢いていた「何か」が、はっきりとしたものに変わった。
その瞬間は、絶対に逃がさない。
「冗談だよ。」
何を真剣になっているの?
という冷めた目で見下ろす。
「イジメテ欲しいって思ったら、言ってね。却下してあげるから。」

気分転換で店を出て、あてもなく街を歩く。
飲み足りないのでもなく、話し足りないのでもない。
達彦の心の中で消化できなかった「何か」を、もっと知りたいだけ。
歩いてきた細い道の突き当たりにラブホテルの入り口が見える。
彼の腕にしがみついて、恋人のように甘えてみる。というよりも甘えている演技をしているだけ。
突き当たりまで10メートル。
「ねえ、君もオブジェになってみる?」
達彦は、黙って小さく頷いた。

〜 後記 〜
涼しくなってきましたね。
「オブジェ」がなんだか分からない読者は、昔の記事を読み漁ってきて下さいネ。
そうすれば、「達彦」に一歩近づけますよ。
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